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ミュンヘンで決めたわたしのテーマ(主題)
小滝 晃
オーベルジーヌの本家はミュンヘンにある。ドイツきっての高名なシェフ、ヴィツキマン氏の才気あふれる料理が満喫できる3つ星レストランだ。東京の支店というわけではないが、わたしの9年間にわたるヨーロッパ生活のまとめとして働き、強烈な印象を残したレストランとして、その名前をいただいたのである。そのためか、わたしの料理をドイツのオーベルジーヌの代名詞のように受け止めているフランス料理通がいらっしゃるようだ。 いまやフランス料理は本国のみならず、祖国を離れて世界の各地へ定着し、ミュンヘンで、ニューヨークで、東京で、より洗練された形で花開いているので、わたしの経歴に注目してくださるのだろう。
ドイツのレストランで修業したことで、わたしを日本のフランス料理界において特異な存在と見なしてくださる方もいらっしゃる。それはそれで幸運なことだと思う。 わたしはドイツという異質な土壌だからこそ育まれただろう、フランスよりさらに合理的で進歩的なフランス料理を学ぶことができたし、ヴィツキマン氏というきわだった天才の仕事を間近でふれたことが、わたしの料理観に決定的な影響を与えたのは確かである。 香りと味は一体化しなければならない。香りのない料理は味もないとヴィツキマン氏は主張する。抽象的で分かりづらい言葉だが、実際に彼の料理は香りをうまく生かすために細部まで計算しつくされていて、一緒に働くうち、わたしが探していたものはこれだという共感を覚えてしまった。 一般にドイツのシェフが作る料理は外観を気にせず飾らないが、奥にある繊細さを皿の上に表現し、見ためよりはるかに食べて旨い。ヴィツキマン氏の場合は、特にそれを強く感じる。軽いのにコクがあり、えもいわれぬ素晴らしい香りが残るのである。現在のわたしが理想とする料理の形はこれだ。 ただ、わたしはヴィツキマン氏の料理を東京でそっくりそのまま再現するつもりはない。 ドイツやフランスの個性的なシェフと出会っていつも感じることは、みなが自分だけの価値観と好みで料理を考えていることだ。
独自の料理観を抱いてることが、本当に自分が作りたいものがわかる。すなわちスペシャリティを産み出す原動力となる。
ほかの料理人では発想できないなにかが備わっている、すなわち独創的であることが、ものをつくる人間には最も必要なのではないだろうか。 わたしにとって、有名なシェフの料理をコピーするのが修業の目的ではなかった。自分のオリジナリティーを培うための旅、それがヨーロッパでの9年間だったと解釈している。 いまのわたしの目標は、わたしだけのスタイルを確立していくことだ。一皿だけでもいい。自分自身の代名詞になるような料理をつくりたい。お客さまが、あの料理を食べたいからオーベルジーヌに行こう。どのレストランより美味しい。そんな気持ちになっていただけるような独創性あふれる料理を、いつも追い求めていたい。 また、どんなに美味しい料理でも、慣れてしまうとマンネリ化する危険性をはらんでいる。何度でも食べたいと思っていただくには、料理人がいつでも最初に作ったときと同じ新鮮な気構えで対し、同じ料理でも常に追求する気持ちを捨てないことだ。そう自分にいい聞かせる毎日である。
祖国を離れたフランス料理「東京の香る味」 シェフ・シリーズ 57(1993年 中央公論社 刊)より引用
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